死神になった男

私のタロットポーチには髑髏ドクロのアクセサリーが付いている。

タロットポーチ

この手作りのタロットポーチは彼女(エオラさん)からのプレゼントだった。その時の彼女の手の指には絆創膏が巻いてあった。普段から裁縫など全くしない不器用な彼女は何度も針で指を刺して血を流しながら一生懸命ポーチを縫ったに違いない。

そこに付けられた髑髏のアクセサリーは彼女の明るく清らかな表向きのイメージからすればあまりにも悪趣味で、彼女らしからぬ選択だったといえるだろう。占い師の持ち物としても相談者に対する印象を考えればあまりふさわしいとは言えないかもしれない。

なぜ彼女は髑髏を選んだのか。それは、彼女が私のことを「死神」だと知っていたからかもしれない。

§

私は小学生のころから死神にあこがれを抱いていた。学校の図書館で借りた本に書かれていた死神の話に影響されてしまったのだ。将来の夢は死神になることだとさえ言っていた。

死神とか関係はないが、そのころから海賊にでもあこがれたのか、髑髏のマークを自分のシンボルとして描くようになった。あるいは、一休宗純のように何かを悟っていたのかもしれない。

§

そんな小学生のころ、夏休みに海水浴に行ったときに、たまたま自分たちが泳いでいたビーチに溺死体が打ち上げられたことがあった。私は死体の全身を見たわけではなかったが、わずかに覗いていた変色した足を見てしまったことがトラウマになった。それ以来我が家では何年も海水浴に行くことはなかった。

誰かが溺れ死んだのはもちろん私のせいであるはずはない。とはいえ、海水浴に出かけてたまたま溺死体にお目にかかる機会など人生にそうあるものでもない。何かしらの運命がそこに働いていたともいえる。今思い返せば、私が人の死に直面した事件としてはそれが最も古い記憶となるだろう。

§

二十歳前後の四年間、私は自衛隊にいた。そのころのほぼ同期である隊員の一人が死んでいる。

彼は私とよく印象が似ている人物で、他の隊員からはよく混同されて名前を間違えられたりしていた。彼の方も私のことを一方的にライバル視していたようで、私と競い合うような態度をたびたび見せた。特に持続走の訓練では私がその部隊のトップとして活躍していたので必死になって私に追いつこうとしていたが、結局彼が私に勝つことは最後までなかった。

彼は隊員だったころから精神を病んでいたようで、入院もしていたような覚えがある。あまりにまじめすぎて思いつめすぎる性格だったようだ。私のような強力なライバルの存在が彼をさらに精神的に追い詰めていたのかもしれない。そんな彼には自衛隊の生活は合わなかったのだろう。私よりも先に自衛隊を辞めてしまった。

彼の除隊後しばらくして、彼の元上司だった人物から「彼が死んだ」という知らせを聞かされた。原因ははっきりしなかったが、自殺ではないとのことだった。でも、本当のことはわからない。

§

そんな自衛隊生活をもうすぐ終えようかという頃、阪神淡路大震災が起きた。私が勤務していたのは兵庫県伊丹市の駐屯地である。そこはまさに被災地であった。伊丹の自衛官たちは自分たちが被災者でありながら地元民の救助活動もしなければならないという苛酷な事態となった。私も満期除隊を前にして救助活動に参加した。

その震災では数千の人が亡くなっている。もちろんこれも私のせいというわけではない。地震大国の日本では何年かに一度はこのような地震が起きてあちこちでたくさんの人が被害に遭っている。決して珍しいことではないのだ。生きているうちに震災を経験しない人の方が少ないかもしれない。それでも、なぜ私がそこにいるときにあの震災が起きたのかと不思議に思うこともある。長野県出身の私が地元から遠く離れた兵庫の地にいたことの偶然。そして、あと数か月時期がずれていれば、私はアメリカにいたかもしれないのだ。

§

除隊後すぐに私は渡米した。渡米してすぐのころ、友人から知らせが入った。私の親友だった人物の死の知らせ(Tarot FILES #2)だった。

死んだ親友とは渡米直前に会っており、その時些細なことで喧嘩をしてそのまま別れてしまった。

彼はとてもしっかりした人物で、大人としてしっかりと働き、自立した生活をしていたが、精神的な問題も抱えていた。やはり彼も精神的な病で治療を受けていた時期がある。そして、宗教に依存してしまうこともあった。最後に彼に会ったときにも、彼は怪しい宗教的なものに取りつかれており、私はそのことを厳しく指摘した。元来強情な彼が私のいうことなど聞くはずもなく、和解することなく喧嘩別れとなってしまったのだ。

しかし、それが彼に対する呪いの言葉にでもなってしまったのだろうか。彼は救われることなく、作業中の事故で死んだという。

あの時、彼は本当は私に救いを求めていたのかもしれない。私も強引にでも彼を説得すればよかったのかもしれない。でも、私には彼を救うことができず、見捨てるような形でアメリカに逃げ去ってしまった。だから、彼は死んだのかもしれない。

§

アメリカでは語学留学生として二年間過ごした。自衛隊で貯めたお金を使ってほとんど遊び暮らしていただけだったが、たくさんの人と出会い、いろんな経験をし、充実した日々を送ることができていたと思う。

そこで出会った日本人の女性と恋をして、しばらく付き合ったことがある。短い期間だったが二人でアパートを借りて同棲もした。

しかし、おかしな話だが、彼女にはすでに婚約者がいたのだ。もっとおかしな話だが、私は彼女に招かれてその婚約者の家に行き、婚約者とも顔を合わせているのだ。

その婚約者との関係がうまくいっていなかったのかどうなのかよく覚えてはいないが、一時期は私と本気で付き合っていたようだった。

結局私は失恋し、そのショックも引き金となり帰国を決意した。

その後、彼女は婚約者と結婚し、子供も産んだ。

私が帰国した後も彼女とは時々連絡を取り合うことはあり、疎遠になりながらも細々とつながりは維持していた。

そんな彼女も見えない世界にのめりこみがちだった。特定の宗教ではなくニューエイジ的な、いわゆる精神世界である。私と初めて出会ったころからそういう傾向はあったが、年々その傾向は増していったように思えた。現実逃避をして見えないものばかり見ようとしていた彼女を厳しく戒めたこともある。

だが、彼女がそんな見えない世界を信じようとしていたのも、理由があったのかもしれない。彼女の夫もまた死んでしまったのだ。私とも面識のあるあの婚約者だった彼は死んでしまったのだ。

彼女がどんな思いでいたのか、その本心は聞き出せていないが、夫の死に直面した彼女にとっては精神世界こそが心の支えとなったことは間違いないだろう。

彼が死んだのも私のせいではない。遠くアメリカにいる元彼女やその婚約者のことなど気にも留めていなかった。恨みや憎しみなど抱いたこともない。だが、私と関わるとこうなってしまうのだ。まるで、私のそばにいる守護霊しにがみか何かが私に同情して裏切り者の恋人の夫を呪い殺したみたいになってしまっている。もしかしたら、それが真実かもしれないが……。見えない世界を信じる彼女にそう言えば信じてしまうかもしれない。

§

アメリカの元彼女とは一時期フェイスブックでつながっていたこともあった。だが、それに嫉妬した今彼女イマカノの意向でつながりを削除してしまった。その時の今彼女だったのがエオラさんだ。おかげで私には友達がほとんどいなくなってしまった。

エオラさんは嫉妬深く、私が他の女性と少しでも関わることを極端に嫌った。占いのお仕事で女性のお客さんの相談に乗ることすら不満に感じていたほどだ。そんなことを言われても占いのお客さんなんてほとんどが女性なのだからどうしようもない。相談者に優しい態度をとれば彼女の機嫌を損ねることになるので、私はどんどん冷たい占い師になっていった。

彼女とは私が帰国して数か月後に出会い、その後十数年もの間、恋人として付き合ったり別れたり疎遠になったりと、遠距離で危うい関係をずっと続けてきた。出会った当初は彼女は既婚者で、私とはいわゆる不倫関係だった。それでも私は彼女と本気で付き合い、彼女のことをずっと思い続けていた。

数年前にも気持ちのすれ違いか何かでしばらく疎遠になっていた時期があったが、久々に彼女の方から私の携帯に電話が来たと思ったら、それは本人からではなく知人からで、彼女が事故に遭って危篤だとの知らせであった。その後まもなく彼女が亡くなったとの知らせが入った。私が人生の大半をかけて愛した、最愛の人物までもが死んでしまったのである。

転んで頭を打ってそのまま死んでしまったのだとか。

彼女は私と話すときには常に自分の死を考えていた。生きることに前向きに向き合えない人だった。どうやって死ぬか、そんなことばかりを考えているようだった。彼女は自分の理想の死に方として何度も語った。

「極地(アラスカ?)に行ってオーロラを見ながら死ぬの。」

そんな美しい死に方にあこがれていた彼女の最後は、蒸し暑くごみごみとした都会のど真ん中の薄汚れた空気の中で、アスファルトの地面に頭を打って野垂れ死に。彼女が最も望まないみじめな死に方だったかもしれない。でも、それが現実なのだ。

彼女はよく転んだ。私と一緒に歩いているときもよくつまづいて転びそうになることが何度もあった。私と一緒にいれば、しっかりと手をつないで支えてあげることはできたのに、彼女は私から離れて行ってしまった。そして、転んで、だれにも支えられることなく、孤独に死んでいったのだ。

まるで、私から離れていったとたんに死神が迎えに行ったみたいだ。

彼女のそばにいてあげられなかったことが悔やまれる。

§

彼女が死ぬ前に、本当は私の方が先に死んでいたのだ。私は一度、本気で自殺をしようとしたことがある。彼女が占い師としてデビューした直後の2001年のことである。その時彼女は私のそばにいて、私を引き留めようと必死になって行動した。うつ病か何かの治療のつもりだったのか、私に強い睡眠薬を飲ませて数日間昏睡状態のまま彼女の部屋(ホワイトガーデン)に監禁していたこともある。私にはその時の記憶が全くないくらいだ。

しかし、彼女の努力は全く無駄になり、最終的に私は自殺をするつもりでビルの上に立った。だが、私には死ねなかった。自殺などできなかったのだ。生きることは大変だが、死ぬことはもっと難しいと悟った。人は本来、死のうと思って死ねるような生き物ではないのだ。

だが、人は死にたくなくてもあっけなく死んでしまう。人は生まれて来た時と同様、死ぬ時ですら自分の命を自由にはできない。生も死も、すべては神の手のひらの上でもてあそばれているにすぎないのだ。そう、死神という神の……。

私はビルの下に死の世界を見た。自らその世界に最も近いところまでたどり着いたものの、その死の門をくぐりぬけることはできなかった。死の門は固く閉ざされ、私を迎え入れようとはしなかったのだ。私はそこから引き返し、まるでゾンビのように生きながらえ続けた。自分が本当に生きているのかどうかすらもわからない半分死んだような意識のまま生き続けてきた。

§

そして、彼女は死んだ。

それでも、私は生きている。

§

私は死神。私に近づけば、死の門は開かれる。

死神

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テーマ : 恐怖の体験話
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